ノーベル賞CRISPR/Cas9の応用開発をしてたので説明してみる!
学生の時にCRISPRの研究してたからガチ専門分野なんだよね
— みんと (@minttearz) October 8, 2020
魅力的な記事タイトルにしたけど、ぼく自身はノーベル賞に一切関与してないです。
でもCRISPR(クリスパー)のツールの応用開発をしていたので、ガチ専門分野なハズです。
できるだけわかりやすく説明してみます。
もくじ
CRISPR/Cas9(クリスパーキャスナイン)とは?
ゲノム編集ツールの1つです。そしてゲノム編集とは遺伝子を書き換える技術の1つです。
これを理解するには、大学レベルの様々な背景知識が必要になりますので、端折りながら説明していきます。
前提知識:遺伝子を書き換えると何がすごいか
遺伝子というのは、DNAの持つ遺伝情報のことなのですが、
どういう体が出来上がるかの情報を含んでいます。
生物の体はタンパク質でできていますが、このタンパク質は、DNAからRNAを経て作られます。
当たり前の話をしますが、人間の体は、頭があり、その下に胴体があり、左右に肩から腕が出て、その先に手があり、胴体の下には足が生えています。
ですがこれは、DNAが持っている情報によって決定されています。
例えば「腕の先に手を作るんやで」という遺伝情報はDNAに含まれていて、
すなわち体のどこになにがどれだけ作られるのかを決めているのは、元をたどればDNAというわけです。
若干ウソな表現ですが、イメージとしてはこれで良いと思います。
そしてそのDNAを書き換えるということは、体の作りを書き換えることになります。
大袈裟に言うと「腕の先に手を作るんやで」という遺伝情報を持ったDNAを書き換えたら、背中から手が生えた生物や腕が4本ある生物を作れたりします。
実際は、これほどダイナミックな改変を達成するにはいくつものDNAを書き換えなければならないので難しいと思いますが、(背中に耳を持つネズミとか実際にいましたけど、あれは耳じゃなくて軟骨細胞だし)
現実的なところでは、筋肉ムキムキで身が多くなったゲノム編集マグロなんかはいます。
とりあえず、DNAを書き換えることは、ものすごいことだと言うことが伝わればOKです。
ゲノム編集とは?
遺伝子改変(DNAを書き換える)技術には、品種改良や遺伝子組み換えやゲノム編集など、いろいろありますが、
ここでは、遺伝子組み換え技術の中の、ゲノム編集技術の中の、CRISPR/Cas9に絞って説明してみます。
まずDNAを切る
遺伝子を書き換えるためには、
- どこを狙い
- どう書き換えるか
の2つが重要になります。
この「どこを狙い」の部分で、人工ヌクレアーゼという人間が作ったDNA切断酵素を使う遺伝子操作を、
一般的にゲノム編集技術と呼びます。
一度DNAの切断を伴うことから、上のイラストのようにCRISPR/Cas9はハサミで表現されることが多いです。
切られたDNAが修復される
切っただけではDNAは書き換わりません。
てかそもそも、DNAが切れることは生物の細胞にとって生死にかかわる問題なので、
細胞にはDNAを修復する機構が備わっています。
この自動修復の過程で、その隙間に別のDNAを入れたり、DNAの配列をずらしたりして、DNAを書き換えるのです。
ゲノム編集を一言で
つまり整理すると、
ゲノム編集技術とは、人工ヌクレアーゼによってDNAを切断し、生物が持つ修復機構の過程でDNAを書き換える技術です。
余談情報:DNAの切断ってこわい!?
DNAの切断ってこわい!
って思うかもしれませんが、
例えば普段の外出をする人は、紫外線によって常にブチブチ切れていたりします。
皮膚ガンとかこれが原因です。
DNAの損傷によって細胞が無限に増殖してしまう状態になったのが、ガンなので。
でも外に出ている人間がバタバタ倒れていくわけでもなく、そう簡単に皮膚ガンにはなりません。
体の中でどんどん修復されていっています。
なのでDNAの切断って聞いてとりわけビビる必要はありません。
細胞というのは良くできているのです。
CRISPR/Cas9
CRISPR/Cas9システムの作用機序
やっと本題に入れます。
DNAを切ってから書き換える”ゲノム編集技術”の中でも、CRISPR/Cas9のシステムについて説明していきます。
ゲノム編集をする上で、どこを狙い、どう書き換えるか、が重要だと言いましたが、
- どこを狙い :CRISPR(gRNA)
- どう書き換えるか(切断):Cas9
CRISPR/Cas9では、
どこを狙うのかを決定しているのがCRISPR(gRNA)で、
どう書き換えるか(DNAを切断する)がCas9です。
CRISPRとCas9という別々の意味をもった2つを合体させることで、ゲノム編集ツールとして誕生しました。
CRISPRと日本人のノーベル賞
CRISPRのノーベル賞と同時に、とある日本人が話題になっていますが、
この人が何をしたかと言うと、gRNAのベースになったCRISPRを見つけたんです。
CRISPRを略さずに言うと、clustered regularly interspaced short palindromic repeat、なのですが、
ざっくり日本語訳するととある繰り返し配列です。
大腸菌という微生物のDNAを眺めていて
「なんか同じようなDNA配列が繰り返されてる!」
と気づいたのが、石野教授。
しかし惜しいことに、自身の論文では「生物学的な重要性はわからん(the biological significance of these sequences is not known.)」と書いたみたいです。
Ishino Y, Shinagawa H, Makino K, Amemura M, Nakata A (1987). “Nucleotide sequence of the iap gene, responsible for alkaline phosphatase isozyme conversion in Escherichia coli, and identification of the gene product”. J Bacteriol 169 (12): 5429–33. PMC: 213968. PMID 3316184
CRISPR配列の意味
本来CRISPR/Casは、微生物の免疫応答の機構に由来しています。
人間がコロナウイルスを恐れているように、微生物も外から体内に入ってくるウイルスを恐れています。
そこで微生物は、外から入ってきたウイルスを排除する機能を持っています。それが免疫応答です。
しかし一度対処できただけでは安全ではありません。
一度外から入ってきたウイルスは、次の機会にまた入ってくる可能性があります。
そこで、入ってきたウイルス固有のDNA配列は、微生物の体内に記憶しておきます。
そうすることで、次にウイルスが入ってきた時に「これは前にも入ってきた敵のDNAだ!」と気づくことができます。
この、外から入ってきたウイルス固有のDNA配列を記憶しておく領域は、CRISPR座位と呼ばれています。
CRISPR/Cas9の発明とノーベル化学賞の2人
この「CRISPR座位に記憶されたDNA配列を元に、Cas9がDNAを切断する」というCRISPR/Cas9システムを改良し、
「自分が狙いたいDNA配列を切断する」というゲノム編集ツールに作り変えたのが、
今回ノーベル化学賞に選ばれたダウドナさんとシャルパンティエさんの2人です。
Jinek, M; Chylinski K, Fonfara I, Hauer M, Doudna JA, Charpentier E. (2012). “A programmable dual-RNA-guided DNA endonuclease in adaptive bacterial immunity”. Science. PMID 22745249
CRISPRの凄いところ
CRISPR/Cas9が優れているのは、それまでのゲノム編集ツール「ZFN」や「TALEN」と比べて、
設計するのが圧倒的に簡単だという点です。
超ざっくり言うと、Cas9はだいたいの生物に共通なので使いまわせて、CRISPR(gRNA)は書き換えたいDNAに応じて18塩基対(アルファベット)を決定すればいいからです。
これによってゲノム編集の研究がものすごいスピードで加速しました。
ゲノム編集のリスク
さて技術の紹介は終わったので、今度はリスクの話をしてみます。
ゲノム編集技術では、
- どこを狙い
- どう書き換えるか
の2つが重要だと言いましたが、この「どこを狙い」という部分が難しかったです。
と言うのも、人間のDNAの塩基対は約60億個あり、その中の1つを正確に狙う必要があるからです。
この時に、本来意図していないDNA領域を改変してしまう現象をオフターゲット効果と言い、
ゲノム編集の安全性を議論する時にしばしば話題になります。
もし間違った場所を切断し、修復機構で間違った修復をされてしまうと、DNAが壊れて重大な欠陥を生みかねません。
ですが実際のところ、そこまでダイナミックな異常をきたすDNAの損傷は滅多に起こりません。
DNA上の97%の部分は、タンパク質にならず意味を持たない領域(非コード領域)とされていて、DNAの重要な部分に損傷が入ることはそうありません。
そしてCRISPRの研究がものすごいスピードで進んだ今では、オフターゲット効果が起こる確率は限りなくゼロに近いです。
全ての事象に伴うリスク
さて、突然ですがみなさん、飛行機に乗ったり車に乗ったりしますよね。
その時に死ぬかもしれないと考えたことはありますか?
ないですよね。リスクは限りなく低いのだから。
人は、リスクがある一定値より低いと「安全」と認識します。
ゲノム編集のリスクについても、個人的にはそんなもんです。
考え方によっては、ハンドル操作やアクセルのペダル1つで事故を引き起こせる「車」の方が、危険にも思えてきます。
最後に
ゲノム編集技術は、これまで治療不可能と思われていた病気ですら直す可能性を秘めた、ものすごい技術です。
なにせ生物の起源であるDNAを書き換えられるのだから。
それほど強烈な技術であるが故に、倫理に反するような間違った使い方をする人もいて、
世間の人々のゲノム編集に対する認識は「怖い」に大きく傾いてしまったように思います。
しかし、ゲノム編集技術が完成することで初めて救われる命もあります。
「よくわからないけど怖い!」という風に、
自身の無知を棚に上げて、少しでもリスクを孕んだ科学技術を徹底的に排除する言動は、
限りなく低いリスクにビビって、科学技術の未来を閉ざしている可能性すらあります。
一般人に対して「最新の論文を読んでみろ!」などとは言いませんが、
何事にも最後までリスクは伴いますし、
リスクと機能性の”天秤”にできるだけ多くの情報を乗せてから、判断してほしいです。
ゲノム編集の応用開発は、そのリスクを限りなくゼロにする方向に進んでいますので。
記事は以上になります。
ここまで読んでくれてありがとうございました。
わかりやすくするために、若干の嘘になりそうな比喩を交えたりしましたが、
わかった気になってもらえれば、これだけの文章やイラストを描いた甲斐があります。
他の記事を見てもらったり、コメントもらえると嬉しいです…!
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